2021/03/20

企業内教育の考え方について

最近,会社で社内教育の見直しなどの議論をしているんだが,ふと思ったことを書いて置きたい.企業内で,技術教育をするにあたって,考えないといけない「知っておいて欲しい」ことは,多分3種類あると思う.次の3つに類型化できるんじゃ無いかな.

  1. 自身の業務の品質を一定にするために知っておくべきこと;Must Knowな項目といって良い.例えば,SW技術者が欠陥の無いソフトウェアプロダクトを,一定の生産性を以って開発するために知らなくちゃいけないことを学んでもらう.ISO 9000などでは,ある業務をするためには,その業務遂行に必要なことを教育するのは組織の役割となる.CMMIでは各PAのGP 2.5で教育を取り上げている.これらは,この項目を扱うことになるように思う.
  2. チームでの業務遂行のために知っておくと良いこと:企業での業務はどうしても,他の役割を持って活動する人と連携する必要は出てくる.企業規模が大きくなればなる程,こうした関係者がどういう価値観で活動する人のことを知らないとだめだ.例えば,SWプログラマなら,品質保証の人たちがどういう価値基準でQAの活動をしているか,SWテスタは何を目的に彼らの活動をしているかを知ることだ.これは,知っていることが望ましいもの,だ.多分,当面の自身の作業には直接関係無い(あるいは邪魔に感じることかもしれないけど)かもしれないけど,チームワークをうまく回すために知っておいて欲しいことだ.
  3. 将来の業務内容の改善のために知っておいて欲しいこと:企業での業務が,いつも同じである訳が無い.例えば,昨今,デジタル・トランスフォーメーション(DX)と言われているけど,長期的に自身の業務がより「良く」なるために,あるいは市場動向に応えるために取り込まねばならない新しい技術を学ぶことも重要だ.今なら,Big DataとかAIとか,次の世代の製品を開発するために知っておいて欲しい技術項目は常にある.「自分で研究しておきたい」技術項目という言い方をしても良いかもしれない.
この3種類の観点を忘れて,学習項目の体系化を図ろうとしても,どうもすっきりしないというか.
企業というのは,そこにいる人材は,本当に多様性に富む.個々人の(経験を含めて)学んで来たことも違えば,嗜好や指向も違う.その中で,共通の言語,考え方を理解して貰って,チームとして活動できるようにするのが,組織内で実施するトレーニングの最低限の範囲になる.ここまでは知っているよね,ということを前提に,企業の様々な活動もデザインすることができる.ここをまず押さえよう,というのが,CMMIのGP 2.5であり,ISO 9000の教育に関する要求事項なんだと思う.もちろん,この範囲を知っていても,業務を遂行する個々人がそれを使わなければ,その効果は発揮できない.ただ,失敗に対して,それはこういうことだったんだ,と共通の理解を持てるようになれば,失敗を通して小規模な改善を進めることはできるんじゃ無いかな.これが上記の1.の範囲.
同時に,組織が大規模になった時,自分のやりたいことに対して外部から茶々が入ることは多い.経理とか人事とか,組織が違えば違う価値基準で動くことも多い.でも,コンプライアンスとか考えたら,こうした価値基準も,個々のメンバが知っておいて欲しいことになるはずだ.僕も,企業の中で,しばしばコンプライアンス関連の全員教育を受講させられるんだけど,自分の作業にどう関係するか判らない,忙しい時にはこういうのを受けさせてどうするんだと思うことがある.でも,それは,別の組織の誰かが困るし,という話にもなる.そして,大規模プロジェクトでのソフトウェア開発ともなれば,こういう事象は本当に多い.品質保証の分野で良く言われる「次の工程はお客さま」という言い方も,価値基準が違うからということになるのかもしれない.この辺りを知って,全体最適を図ろうとか,あるいは他の人の意思決定が自分のところにどう関係するかを整理するためには,上記の2.の範囲の知識も必要になる.個人の繋がりだけでチームが運営できるなら良いけど,僕の経験から言えばそれが実現可能なのは,40名程度のチーム迄だろう.それを超える規模になった途端に,「相手が見えなくなる」のは良くあることだ.そのためにも,他の人達が何を基準にどういう活動をしているか,アウトプットがどういうものかを知ることは重要だと思う.
最後に,企業そのものが成長し,あるいは変化する市場の中で生き残ることを考えたら,「固定化された活動」だけで済む訳が無い.例えば,従来の人手でやっていた庶務の業務,ERPやRPAなどのツールを取り入れて省力化を図ろう,なんてことをして,余剰の人材を作って開発に充てるとか.同じ製品を繰り返し出荷する必要も無い.もちろん,螺子屋さんみたいに「無くなると困るモノ」があるのも事実だが,そうは言っても螺子屋だってボードの設計方法とか筐体の設計の考え方とかに応じて製造する製品の種類は変わってくる.昔,マイナス螺子だけだったのが,フィリップス螺子(+螺子),トルクス螺子などが出てきたように,多分,これからも色々な螺子への要求に対応して行かないと,企業は製品を出荷する市場を失っていく可能性も高い.だとすると,ここに対する備えは常に営利を目的とする企業体としては必要だ.新しい要求,それに応える手段など,どんな企業でも各社の担当範囲で技術革新やそれに伴う要求の変動の影響を受ける.だとすれば,そこに備えて「新しい技術」に対応していくための,技術革新についていくための教育も必要だ.昨今,皆さん,AI(というか,機械学習なんだけど)で何をする,みたいな話を夢物語のように語るけど,何故それができるか,何をするものなのか,正しく理解していないんじゃないかなと思えて仕方ないんだけど.例えば,こうした幻想を壊して,かつ,正しく技術を使ってここまでできる,こうする必要がある,というのを学んでいただくことは重要だ.この辺りの話は,3.に入れるといい気がする.
こうして分類して,企業内の教育を具体化ひていくと良いように思うのだけど.その上で,手持ちの人的資源(企業内で人材育成に使える資源というのは,極めてわずかだ)の範囲で何を重視するか,という議論になると思うのだ.その事業分野を伸ばしたいか,という議論から,3.のバッグに入った講座体型を作ることになるだろうし,あるいはその手前,1.の範囲を徹底してやるんだ,という考え方でも良い.そこに,企業としてのカラーが出てくるんじゃ無いかな.僕自身は,3.が膨らむと楽しいと思っているけど.