今週末は寮にこもってモノ書きをするつもりだったのだが、どうにも気分が入らない。これはやはり13"のMacBook Proのモニタが小さいからだろうか。本当はもう少し先で良いやと思っていたんだが、つい、大型外付けモニタを漁って見ようかという気分になる。で、昼過ぎに梅田のYodobashiへ。B1FのPC関連商品モニタのところを覗いてみると、27"のモニタはNECのやつとEizoのやつがあった。他にも、AcerやMITSUBISHIのやつもあったんだが、どうも、¥30,000台のやつは、発色が悪い、というか、信用が今ひとつおけん。値段的には、NECのやつの方がちょっと高かかったんだが、こっちの方が古いやつ。消去法、というか、昔のブラウン管モニタの時の先入観も手伝って、結局EIZOのやつを買うことにする。店頭価格は123,800かな。これを、店頭で¥1,800だけ引いて貰って、で、Yodobashiのポイントを¥20,000分使って購入。
Impressions and Comments on my life. Originally, I planed to write some technical discussions on this page. But the most of my post will be 'bout my impressions on those goods that I will buy and use.
2011/04/16
2011/04/15
ASUKULから机が届いた
ASUKULのサイトで机をオーダしたのは、今週の月曜のこと。寮の部屋には作り付けの机とかは無いのだ。個人的には、奥行き70cmはある机が欲しかったのだが、あまり費用をかけるつもりも無かったので、一番シンプルな形のやつを選んだ。幅は140cmのやつ。これで、部屋の幅に対して後50cmは余裕があるので、小さい冷蔵庫くらいは入れても大丈夫、というくらい。机を買ったらもちろん、椅子も必要だ、と。メッシュの背もたれのやつを用意した。で、スタンドは、山田照明のZライトをひとつ。これで全部で概ね¥40,000。これまでに買ったものは、他には、引っ越して来たその日に、部屋に「音が無い」状況が寂しくてつい衝動買いしてしまったLogicoolのiPod用スピーカ¥10,000。あわせてこれまでに¥50,000程度の出費。
さて、この机、なかなかでかいのもあり、組み立てに少々往生した。実は、天板、まだしっかりと固定はされていません。うーん、大丈夫かな。運び出しはできるのだろうか?ま、この机はいざとなったら捨ててしまっても良いかとも思っているんだけどね。スタンドは、蛍光灯のやつ。最近はもう、電球菅のスタンドと言うものは売ってない見たいだ。正直言えば、その辺りがちょっと残念。ま、いっか。机を組み上げて、持ってきたMacBook/MacBook Proを置いてやると、まぁ、いい感じ。MOTUの828 mkIIは机の下に19" Rackケースを置いてやることにした。これで、暫くは不満は感じずに済むと思う....んだけどね。
2011/04/10
横浜から尼崎へ
昼過ぎに家を出て、車で移動。初めての経験。家を出てから近所でお買い物をいくつかして、ガスを満タンにして出かける。東名町田から高速へ入ったのが14;05位。途中で岡崎の手前から渋滞になる。もともとの計画通り、岡崎I.C.で降りて、直後のガススタンドでガスを補給。303km走って満タン27Lというのは、うちの車にしては優秀な数字を叩き出す。ただ、時刻はこれでほぼ16:00。
ここから伊勢湾岸の豊明ICまでが混んだ。岡崎市内が花見のシーズンで最低の混み方をする。1号国道を淡々と走って、途中のなか卯で今度は人間の腹ごしらえ。豊明から高速に入ってそのまま東名阪、新名阪と走る。名神に入ってからはだいたい100km/hr程度でペースダウン。名神高速って、走っていると首都高と同じような感じ。都市高速なんだねぇ。結局、尼崎で20:30。
近所のスーパーに滑りこんで、買い忘れたいくつかの品を買って、帰宅、というか、伊丹の出張所へ。到着が21:10くらい。うーん、1日で結局500kmくらい走ったのかな?時間にして8時間。ちょっと期待よりも掛かりすぎ。なんとか7時間で走り抜けたいところなんだが....でも、途中の休憩を入れればこんなものかな.....やれやれ。
走ってて感じたこと。まず、東名で静岡界隈は結構混む。これは、ひとつは、静岡方面の方々が多少遅くても追い越し車線を頑張って走っちゃうからなんだな。高速で後ろを見ていないんだろうねぇ。その一方、名古屋界隈、伊勢湾岸はみなさん良い塩梅にお飛ばしになる。あのあたりが一番運転が乱暴なんじゃ無いかしらん?名神の界隈は比較的おとなしい印象だなぁ。もう少し危険な運転をする人が多いかとびくびくしてたんだが。
2011/03/18
福島原発の話
地震直後から、状況の悪化が止まらないと騒ぎになっている福島の原発事故、現場で作業している人は本当に大変だと思う。フロントに出てくる広報関係者の情けない発言が、現場の努力に泥を塗っているように見えて仕方無い。
原発については、すでに広く報道されている通り、炉心の核分裂反応そのものは停止していて、今の課題は場内の核燃料の崩壊熱の処理のように思う。で、問題は、この冷却系システム(ECCS)が故障してしまって動かない、ということにつきるようだ。地震後の運用にあたって、システムの使い方に間違いがあったという話は聞こえて来ない。そうすると、そもそも、原子炉システムにとって止めてはならないサブシステムであるECCSが「止まってしまった」という事態を許した、そもそものシステム設計が適切だったのか、妥当だったのか、という疑問が生まれてくる。この原子炉は、GE、東芝、日立あたりが設計したものらしいんだけれど。
ここは、是非、システムを設計したエンジニアに聞いてみたいのだが、聞こえてくる範囲ではどうやら今回の規模の津波は起きないから、という設計前提を置いていたらしい。でも、これは理由付けとしてはおかしくて、例えば冷却系を止める事象は津波だけなのだろうか?あるいは火事や別の故障原因は考えないのだろうか?故障してもポンプは2台だから大丈夫、程度に考えていたんだろうか?あるいは、使用済燃料を置いておくプールの冷却はECCSのサポート範囲外として、燃料プールは温度が上昇しても問題無いと考えていたんだろうか?もし、このようなことであれば、それはシステムとして起きてはいけないこと、を想像する範囲が狭いんじゃねーの、おめーらそれでもシステム設計のプロかよ、と思うのだ。本来、緊急時の処理として、ECCSを止めないことが大事なのだから、そこで起こりうる全てのことを考慮しないといけない。それが出来ていなかったよね、と言うのは、事実だと思う。そして、この様な思考を助ける道具としてFMEAやFTAなどの手法もあるのだ。
東京電力が、電力供給のベースロードとして、原子力発電を位置付ける以上、こうした考えを忘れてはいけない。そして、炉が古いと言っても、こうした施策を選んだ以上、多分、原発を僕らは手放せないのだ。だからこそ、今何をすべきか、考えないといけないと思うんだがね。そういう視点を持たないエンジニアリングが生んだ悲劇としか言いようが無い。
2011/03/12
大地震に都市は脆い
昨日3/11の14:30頃に発生した宮城沖の大地震、発生当時は僕は関西出張中だった。1Fで会議中だったんだが、それにも関わらず、長周期の揺れが結構長く続いたのだった。研修センタにいたんだが、発生後から研修センタでは1F受付でラジオを流してくれていた。iPhoneで情報集種すると、なんかとんでも無いことになっているみたい。一番情けない震災は、九段会館ホールの天井崩落や町田のCOSTCO駐車場のスロープ崩落だろうな。震源地から距離があるのに、首都圏の被害がひどいことになっている。そして、公共交通機関の停止や通信網の途絶。都市機能は、震災に対して、実に簡単に止まってしまうようだ。
東海道新幹線は、「出ちゃった列車は終着まで」というルールで動いている、だから新しい列車は動かないよという情報を仕入れる。うーん、3/11夜の帰宅は困難そうだ、と言うことで、僕は、結局、神戸の研修センタに一泊させて貰った。田舎の親に何度か電話したんだが、電話が繋がらなくて状況がわからず、ちょっと心配。
帰宅は、東海道新幹線は順調なのに、新横浜から先が最低だった。考えてみれば、JR東日本は、発電所を自前で持ってて(信濃川で取水量を偽って罰まで食らっている)安定供給されているはずなのに、いわゆる国電路線の運行本数を急に絞ってしまって、いったいどう言うつもりなんだろう?昨夜も、帰宅者を支援するところか、閉め出ししてたみたいだし。私鉄の方が率先して列車運行を再開しているのに。結局、東神奈川でしばらく電車を待って、混んだ電車にのせられて、という経験をしてしまったので、横浜からは市営地下鉄で戸塚まで移動。つくづく、JRって駄目だよなぁ....
2010/12/22
人事異動
この12/16付けの人事異動で、管理職を外れた。まぁ、すぐ上の上司とも、うちの連中とも、どうにも意見があわん、という状況にあって、逆に個人的にはストレスが減る見込みなので、これは嬉しい。どうも、うちの連中、Quality Of Lifeという概念にとらわれて、というか、全然研究者としてのアグレッシブさを感じないのには腹が立ってたのだ。人に妙な期待だけを負い被せて、自分は自分のできることしかしない、って、研究者として変だろう。そんな状況に置かれてよいのは、入社2〜3年目だけだと思うんだが。ま、優秀な人材だとは思うんだが、視野が狭いという所には日頃から不満は感じてたのだ。自分の手元に置いておくよりも、他の管理者のもとで活用して貰った方が幸せなのかもしれないな。自分で未来を切り開く、という気概が感じられないのが不満なんだが。
で、僕は、今度の4月から全社対応のスタッフ部門、人材育成担当になるのがほぼ確定。これなら、3年前に管理職になるよりも、研究所から製作所に出て現場経験をしていた方が価値が高かったと思う。3年前に、ほぼ移動の話も決まりかけていたのに、勿体ないことをしたよなぁ。僕自身がその気になっていただけに、突然管理職にさせられて、いじめられて、2年半、という過去を振り返ると、何とも不条理だ。この2年半は、自分の中では無駄でしかなかったと思う。
研究所を離れることには、全然悔いは無い。実際、今の研究所じゃ先があるように感じられない。研究所としての役目を果たせない、というか、結局、事業部門の下請けにしかなっていないし、それで上層部から末端まで「良い」と思っている現実には辟易としていたんだから。ただ、移動先が人材育成というのが、ちょっと引っかかっている。うーん、技術者としての自分はこれで終わりっちゅーことなのかな、と。この点はちょっと悔しい。正直言えば、やっぱり会社の外へ向かわないと、先が無いということなんだろうな。ま、研究所がどうなろうと知ったことか、とそう言う気持ちの方が今は強いんだが。
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